善福寺川調査隊 2004年 5月22日(土)
09時00分 集合
集合時間の朝9:00の段階で雨は降っていませんでしたので、予定通り決行ということになりました。
まずは隊員同士による自己紹介、簡単な打ち合わせ。打ち合わせ事項も簡単に済ませて、すぐに教室を出ました。
9:05 出発
まずは、調査隊の無事を祈願して 武蔵野八幡宮でお参り。 二礼、二拝、一礼です。
それから今回の調査の出発地点である善福寺公園へ向けて、五日市街を西荻方向へ。
宮本小路の一本手前、「旅人食堂」(バックパッカーズカフェ)の脇を左に折れて、女子大通りへ向かう。
途中、「月亭」という料亭の大きいたぬきのオブジェと記念撮影。
宮本小路の「宮本」の由来が、吉祥寺の歴史を学ぶ会 会長:宮崎勇さんでおなじみの「宮」崎家の「本」家からきているという隊長の話に驚きつつ女子大通りを東へと進みます。
9:40 善福寺公園に到着。
スイレンが浮かぶ下の池を臨む静かな朝の公園には、ゲートボールをしているシニアの方々の元気な声とボールを打つ音が響いていました。
トイレ休憩をはさんで
9:50 いよいよ善福寺川源流到着。
昨日の雨のせいか水が大量にジャバジャバ出てました。 あとで知ったんですが、「遅野井の滝(オソノイノタキ)」っていうそうです。
でも、それを知った一同の反応は「あれが滝・・・?」
10:00
善福寺川脇の遊歩道を下流に向かって歩き始めて10分。 ・・いきなり行き止まりです。
我々の行く手を阻んだのは、井荻小学校でした。この井荻小、なかなか変わっていて、なんと学校の敷地内を善福寺川が分断しているのです。
たまたま近くを通りかかったフェンスの中の小学生に聞くと図書館と校舎が分断されているんだそうです。
その上、善福寺川の学校の敷地内に流れている部分にはもれなく金網製の屋根(フェンス)が付いていて、これもまた「いったい何の為だ?」と物議を醸し出してました。
10:10
仕方なく引き返し、迂回路を通って井荻小に隣接する荻窪中の横を通ると、何やら懐かしい音楽が。。。運動会でした。
隊長、迷わず潜入。隊員も後に続きます。ちょうど女子200m(?)走が始まりました。
この荻窪中、どうやら3クラスしかないようで、校庭も狭いんです。
私の出た中学校は7クラス、M隊員も8クラスあったと言ってました。
校庭も3倍くらいあったように思います。都会は子供が少ないんですかね。
久々に聞く運動会定番の音楽と懐かしい校庭のにおいをあとに川沿いの道をまた下流へと歩きます。

井戸です。飲めません
10:45
さらに下流へと進むと、右手に井戸がありました。
井戸の周りはきれいに整備されていて、花がいっぱい。 試しにレバーを上下してみると、すぐに水が出てきました。 今でも何かに使われているようです。
でも、井戸の横には「この水は飲めません」の文字が。ちょっと残念でした。
10:50
さらに川沿いを南下して、ちょうど西荻駅と荻窪駅の中間ぐらいでJR中央線の高架をくぐって南へ。
ここら辺にくると、川沿いの柵が高くなってきます。 塗装もはげてるし、景観には配慮無しといった感じ。
11:00
環八通りを歩道橋で越えます。
11:05
しばらく歩くと荻窪2、3、4丁目あたりに到達。 隊長は以前、ここらに住まれていたことがあるらしく、近くに近衛家のものすごい豪邸があるということで、少し、川沿いを外れて、豪邸探し。
残念ながら、敷地の半分が高級マンションになってしまってましたが、それでも十分迫力が伝わってきました。
ここら辺は植わってる樹まで格式が違うというか、まさに高級住宅街といった感じでした。
11:20
公団荻窪団地付近の 西田商店会 というこじんまりした商店街で、お昼ごはんの買出しをすることに。
外観こそ新しいですが、昔からあっただろう風情を醸し出しているベーカリーショップモモイにて各自パンを購入。
ちなみに僕はハンバーガー150円とアンパン50円(!)を買いました。
11:30
つづいて4人は肉のオオクラにてコロッケを購入。揚げたてのコロッケは、クリーム80円、コーン60円、ヤキソバ(!)80円(だったかな?)の3種類。
僕はクリームとコーンを買いました。 それにしても、ヤキソバって。。。
コンビニで飲み物などを買って、また川沿いの道へ
11:35
あげたてのコロッケをそう何分も我慢できるはずもありません。
ちょっとお行儀が悪いですが、歩きながら全員がコロッケを食べ始めました。
いわゆる肉屋のコロッケの味(におい) でした。あげたてはやっぱりおいしい。
隊長曰く 「ヤキソバコロッケもなかなかうまい」・・・買われてたとは!
11:50
いよいよ今回のハイライト「善福寺川緑地」 緑地に入ると川沿いの柵の様子も急に変わります。
銀色ピカで、柵の上辺のラインが波になってます。ところどころオブジェもあって、まさに遊歩道といった感じです。
護岸もきれいな石に変わっています。
また、様々な工夫がされているようで、緑化ブロックや植栽の実施、魚が棲息しやすいように魚巣の設置などもされているそうです。
きれいな公園にはいろいろな人も集まります。
犬連れの人達の集会(幸い対岸の遊歩道だったので、犬嫌いのMさんセーフ)、ラジカセでロックを響かせながら1人ベンチに佇む人、1人で太極拳をする人、アンデスの笛を吹く人。
川沿いの桜の木もすごかったです。枝が川に向かってせり出していて、ありきたりな表現ですがまさに「桜のトンネル」といった感じでした。 桜の季節に通ったら、凄いことになりそうです。
「来年はここで花見しましょう!」などとみんなで話しながら、さらに下流へ。
12:05
善福寺川源流より6Kmの地点に到達。
12:20
五日市街道にかかる「尾崎橋 おさきばし」に到達。
この尾崎橋、なかなか古くからある有名な橋らしく、 杉並区の説明版が立っていて、この橋の由来や、この橋の近くには約8千年前から人が住んでいたこと、風景の描写が江戸の文人の随筆にも登場すること、また、このあたりの地名の由来として、大宮八幡宮縁起の源頼義の伝説などが記されています。
12:30
善福寺川源流より7Km地点に到達。 ふと気付くと、川の水がかなり水が澄んで見えます。
12:40
和田堀公園に入ります。 公園に入るとすぐ左側にいくつか遊具がありまして、小さい子供が遊んでいました。
その中で、ぴょこぴょこ歩く遊具(?)が目にとまって、、、(中にバネが入っている円柱形の台が20個くらい一列に並んでいるもの)もちろん調査隊全員歩きました。
傍から見てどうかは別として、意外と疲れた足に心地よかったです。

かっぱ公園、なぜ?
12:50
遊歩道の周辺案内図にあった「かっぱ公園」なるものが気になり、寄り道。
どんなかっぱが待ち受けていることやらドキドキしながら着いてみると、そこには特に かっぱ らしさもなく、なぜ「かっぱ」なのかの説明板も無い、住宅街の中の小さな公園が。
周囲を取り囲んでる浅い堀(の跡)が 「かっぱ」の由来? なんじゃないか、ということでかっぱ公園をあとにしました。
13:00
かっぱ公園から、再び和田堀公園に戻った我々は、お昼ごはん休憩の場所を探して、和田堀公園内の池に向かいました。
池の周りの遊歩道を歩いていると、池に向かってカメラを構える渋いおじさんが3人。
「ここでかっぱか!?」と思いきや、その方々が狙っていたのは、池のほとりに立てた小鳥用の餌場に集まるすずめでした。
すぐ近くにその方々が撮った作品「餌場を取り合う雀」が展示してあって、これが、すごい迫力でした。ちょっとすずめの見方が変わりました。
彼ら(彼女ら?)もやるときはやります。
13:05
途中、バーベキューをしているグループのにおいに空腹を刺激されながら、いよいよ我々、調査隊もランチにすべく、川沿いの遊歩道のすぐ脇にある4人がけのテーブルにつきました。ようやく一休み。
先程、西田商店会のベーカリーショップモモイで買ったパンを食べはじめました。
隊長にやきそばパンもらいました。 なかなかおいしかったです。
テーブルの近くに生えている木になぜか掛け時計が掛けてあり、すぐ近くに毛並みのいいネコが4匹と2人のおじさんがいました。
13:20
ランチを終え、「東京のへそ」大宮八幡宮へ向けて出発。
13:25 大宮八幡宮に到着。
隊長の事前リポートにもあるように、今や大東京の重心「東京のへそ」として、神々の記憶と数々の日本の歴史へと誘う胎内回帰の出来る神秘的な場所とされております。 (都議会リポート、H10.6月号「東京のなんでもNO.1」で紹介
菊の御紋が輝く境内には、常に雅楽風(?)のBGMが流れていました。
また、ちょうど「さつき相談会」なるものが開催されていました。 (さつきの鉢植えの相談会のようでした)
その他にも興味深いものがいろいろと。
- 大賀蓮(樽のような入れ物に1株入っていて、柵に囲われている)
- 2,000年前の古い蓮の実を発掘し、発芽に成功した蓮。(僕の見た目では今まで見た蓮との違いはわかりませんでした)
- 力石
- 江戸期の人が力比べに使った石。重さの違うものが10個程ありました。一番軽いもので二十七貫(約101kg)とかなり重い。
- 手水舎
- おなじみ、お参りをするときに柄杓で水をすくって、手や口を清めるための施設ですが、ここの手水舎はなんと自動です。センサーがついていて、参拝者が近づくと、竹の筒から水がチョロチョロと。
- ちょっと違和感を感じましたが、節水は大切です。
それからチャボのひながかわいかったです。
ひととおり見てまわったあと、お参りをしました。 祓え串(お祓いに使用するギザギザの紙のついた棒)を自分で左、右、左とやってから、二礼、二拝、一礼。
そのあと、M隊員と僕はおみくじを引きました。Mさん中吉。僕、小吉。
Mさんは書いてある内容を見て、ご満悦の様子でした。 僕はといえば、微妙・・・でした。
13:50
大宮八幡宮を出発。

曇っていて時刻は分かりませんでした
14:10
善福寺川源流より9.4Kmの地点、日時計がありました。
このあたりを境に、緑地の雰囲気から、 徐々に生活感のある町の雰囲気に変わってきます。
川の表情も善福寺川緑地に入る前の雰囲気に戻っています。 ちょっと寂しい。。
14:30
環七(環状七号線)にぶつかる少し前のところで、川に大掛かりな屋根が。
どうやら取水施設建設工事のようです。
ここら辺までくると、もはやさっき緑地を流れていた川と今自分の下を流れている川が同じものとは思えません。
環七にぶつかると、道が完全に分断されています。横断歩道も歩道橋もありません。
我々は疲れています。横断歩道は100mの彼方です。 隊長はじめ、隊員全員 心はひとつ。 片側3車線の道路を横切ってやろうと構えましたが、ふと対岸を見ると交番が。。。
迂回です。おとなしく横断歩道を渡りました。
14:35
横断歩道を渡り、環七を越えると両側を立正佼成会の建物に挟まれました。
ここからしばらく立正佼成会の建物が続きます。 ふと橋の名前を見ると、「霊峰橋」。
このあたりは橋の名前もいままでとはちょっと趣きが違います。 普門館という壮大なホールもありました。
もとブラスバンド隊(?)のYさんのお話によると、このホールはブラスバンド隊の憧れの地だそうです。
14:40
もうすぐゴールを迎える我々を祝福するように巨大なニシキゴイが。
14:45
中野区弥生町付近、神田川との合流地点に到着!! 12.3Kmの善福寺川を徒歩で征しました!